vol.2 フライを十本ほど巻いて・・

fly0004.jpg フライを十本ほど巻いて窓を開けて外を眺めると霧のように細かい雨が降っていた。 庭のコナラの枝に11月半ばに渡って来たジョウビタキが、頭と尾を小気味良く振り、オレンジ色の胸を膨らませ、白いスポットの付いた黒い羽を見せ付けるように誇らしげに飛び去って行った。 コナラの枯れた褐色の葉はまだ硬く閉じた新芽を冬の寒さから守るようにいつまでも必至に頑張り枝にしがみ付いている。 サナギなのか殻なのか判らないが、オオミノ虫の巣も幾つか一緒にぶら下がっている。 玄関脇のネズミモチの実を二羽のヒヨドリが毎日ついばみにやって来る。 たわわに付いていた深紅の実がもう残り少なくなっている。妻はそれを見てがっかりしている。 それにもまして悲しんでいるのは、小さな苗木から育ててやと二メートル半ばに育った椿のワビスケの花をメジロが蜜を狙って、つぼみの開く前からせっせとついばんで行くのにはかなり腹を立てていた。 私が時折やって来る、ヤマガラやシジュウカラに、ひまわりの種や豚の白身を小枝に吊るしているのがどうにも気に入らないらしい。 wabisuke.jpg シジュウカラは必ず何羽か複数で我が家にやってきた。 隣接の梅林の中で一時、枝から枝えと跳ね回って遊んだ後、庭の金木犀からハゼウルシのてっぺんに一度立ちより、屋根を飛び越えて玄関側のヤマボウシに渡って来る。 数本有るコナラの枝から枝へ餌を求めて動き回った後、一番高い枝から何処かへ飛び去って行く。 私はシジュウカラが黒いネクタイを付け、小さなまん丸まなこで見詰め合ったり、首をかしげながらくちばしで枝を突っついているしぐさをぼーと眺めているのが好きだ。 しかし群れのシジュウカラの移動は極めて早くあっと言う間に飛び去ってしまうので、枝にえさを置いて観察するのである。 fly0008.jpg もやが取れはじめ箱根の山々が墨絵のような頂きを見せ、開けた窓から入った冷ややかな風が、ストーブで赤くなった頬を冷やした。 私は気を取り戻して再びフライを巻き始めた。 一つ一つフライに思いを込め自分の釣り姿を思い浮かべ、キャストしたフライのイメージを描くのである。 ドライフライが流れに乗って、ゆっくりとポイントのうえまで着た時、大岩魚の大きく開いた真っ白な口。 ウイリーバーガーのゆらゆら動くテール、それを岩陰から狙うレインボー。またそれを演出する釣り人。 ゆっくりと大きく、底を探りながら動くフライ。早くこきざみに中層を泳ぐフライ。 水の中に沈んでいる倒木や大石。漂う水草等にイメージを広げ膨らませる。 フィールドに立たずともすでに釣りをしているかのようにそれらが脳裏に浮かんでくる時でもある。 私のフライフィッシングは魚を釣ると言う事だけでわなく、家を出た時から始まる。自然を身体全体に浴び小さな昆虫から大動物、足元の植物そして風や土の臭い等自然の全てが私の時間を作る要素となっている。 kuromoji.jpg 春先の芦ノ湖でルリやコマドリの声を聞きながら釣りをしている時などは魚のことなど忘れてしまうことが有る。知らずのうちに童心に返り口笛で小鳥と会話をしてしまう。 こんな時はいつも魚の当たりが遠のき釣れていない時である。 したがって私の口笛を悪魔の口笛と釣友立ちは言っている。 悪魔の口笛を吹ける日まで私はフライを巻きつづけるのである。