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H29年5月9日忍野久しぶりの忍野

久しぶりの忍野です。

同行のK氏を誘って忍野最下流部に魚を身に行きました。

居るは、居るは40cm~60cmクラスの大型のレインボーとブラニーが20匹程並んで泳いでいました。ここのポイントはスレスレなのは誰もが承知でした。

私は目の保養にと見るだけで戻って来るつもりでしたが一緒に行ったK氏がおもむろにロッドにラインを通し始め、フライを付け投げはじめました。釣気満々です。

見ていても仕方がないので私もK氏につられて隣のポイントでロッドの支度を始めました。 もともと付いていた7Xのティペットに#22のスパークルダン(ブルーウィング・オリーブ)を付けて軽くロールキャストで2・3度流しましたが見にはくるのですがフライの直前でUターンをしてしまいます。

4度目のキャストでフライが沈んでしまったのでパウダーの浮力材を着け再び試みる事にしました。

ティペットの傷を確認してフライを手のひらに乗せ丁寧にパウダーを擦り込みます。 心はどうせ釣れはしないと思いつつ、準備ができたので静かにロールキャストをしました。 かすかな音と波紋を立てたフライ!

その時です。上流2mで泳いていた魚がゆっくりと下流のフライに向かってきました。 食いはしないと高をくくっていました。

フライの鼻先まで来た魚がフライを食ってしまったのです。

思わず「あ!食った」叫んでしまった。 そのつもりで無かった私のラインはスラックが多くフッキングが弱くもたもたしていました。

その結果、魚にショックが伝わらず最初の走りが無かったのです。

その後はせっかく食ってくれた魚に走られない様に少しずつプレッシャーをかけ彼のパワーが消出するのを待ちました。

何分か経過して力を少しずつ失った魚を岸に近づけランディングしました。

複数のラキーが重なって釣れた魚です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


渓吉と渓太テンのいた堰堤

少年の日の思い出(テンのいた堰堤)

10代の渓吉と弟の渓太が電車とバスに揺られ渓流に付いたのはすでに午前10時を過ぎていた。渓流では山吹の花が咲き終り青葉がいっそう茂っていた。このころになると毎年鮎釣りが始まり、渓流釣りの釣り人が鮎釣りに専念するようだった。そして釣り人が幾分少なくなった渓流は静けさを取り戻していた。そして渓吉と渓太が一番輝く時期でもあった。遡行で汗ばむ渓流は春ゼミや小鳥達の歌声があらたににぎわいをかもし出していた。
入渓から2時間が経過したころ堰堤に到着した。兄弟は逸る気持ちを抑え木陰で手ごろな石に腰かけで休憩を取りことにした。午前中の釣果を語り合い、昼飯をぱくついていた。すると1匹のテンがひょこひょこと何処かからやってきた。河原で一番高い石の上に登ったテンは渓吉達を見つめ何かを言いたそうな仕草をしていた。少しの間見つめ合った1匹と2人だがその後テンの方から岩陰に消えていった。

渓吉と弟の渓太は食後、すぐ上流に見えていた堰堤から釣りを始めた。
いきなり渓吉のロッドが弧を描く、近くで見ていて支度をしていない弟の渓太がよっていった。「大ヤマメだ。」渓太が叫んだ。渓吉は何度か大石のエゴに潜られそうになったが彼のパワーが少しずつ失われて行くのを感じた。大ヤマメを丁寧に引き寄せネットに納めた。ネットの中で大きく湾曲したヤマメを見ながら胸の鼓動で興奮を隠しきれなかった。一部始終を見ていた渓太は渓吉の釣った大ヤマメとテンのユーモラスな仕草を今でも脳裡に焼き付けられ青春の思い出となっている。
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