初夏の渓流

車から降り、辺りを見回すと朝霧で霞む山々が墨絵のように稜線を浮かびあげていた。
冷えたきった空気が鼻腔に刺激を与え身震いした渓吉は「よし!」ウェーダーを履きベストを着て林道を歩きだす。頬に触れる空気が気持ち良い。1時間弱歩いた所で踏み跡を見つけ脇道に入る。新芽と小さな黄色い花を付けたクロモジの木を見つけた。小枝の先に水滴が付いている。その輝く珠は逸る渓吉の心に余裕を与えてくれた。
kuromoji2
渓吉が静寂な空気を肺中満杯に入れ、再び少しだけ早く歩きだすとどこかからシジュウカラの鳴き声が聞こえてきた。その囀りが徐々に近づいてきた。丁度真上で渓吉をからかうように小鳥達が戯れている。良く見るとの数羽のシジュウカラの中に1羽のコゲラが一緒に虫をついばんでいる。コゲラとシジュウカラの混群である。コゲラは他の鳥と群れ、混群をすることで良く知られている。互いに天敵から身をまもるのに都合がいいらしい。  
何も考えず歩くことに集中していた渓吉は少し息切れがした。カサカサと落ち葉の音が渓吉を追ってくる。気になった渓吉が振りかえると霧が上がり、乾いた空気が落ち葉をころげていた。渓吉は誰もいないのを確かめ、再び歩き始めた。20分ほど歩いた所で微かに川の音が聞こえ始めた。「もう少しだ!」少し荒い息でつぶやいた。

 斜面を下りて瀬を前にした渓吉は汗ばんだ額を上着の袖でぬぐいながらパックロッドを組み始めた。上流の最初のポインに視線をやりそれを確認しラインを通した。そしてフライを選択して、自分の立つ位置を想定した。最初に結んだフライは何時もの実績のあるオリジナルフライだ、このフライは視認性もよくシンプルな割に浮力もあり敬吉は自信を持っていた。
釣り始めて10分ほど釣り上がったが魚の気配が全くない。3m先の岩上でカジカガエルが鳴いている。まるで木管楽器を奏でているかのようである。連れ合いを求めているのだろう。渓吉は彼の横をそっと気づかれないよう通り抜けることにした。それが功を奏したのかカエルのすぐ上流で最初の1匹がフライを咥えた。いつもの通り少し早目の合わせだが何とかフッキングした。23cmの丸々太った綺麗な山女だった。シーズン最初の釣りはいつも合わせが早く、慣れるのに必ず2・3匹の魚にお付き合いしてもらっていた。毎年同じ事を繰り返しである。
カジカカエル-3
少し上流の苔生した岩に数株のダイモンジソウが付着している。その岩に沿って流れる筋に手前から少しずつ上流へと移動しながらフライを流した。3投目に上流から流れて来たフライが岩の真横に達した時だったスロモーションビデオのように出てきた影がフライを水中に引き込んだ。今度は魚の頭が沈んでから合わせる事が出来た。ロッドを絞り込んだ魚が上流へと走る。チャリスペ3・4番ロッドがバットから半円近く曲がった。何度か走る魚をいなした。そしてIKEDA ネットに収まった魚は26cmを超えた大物だった。フックを外し、ベストからカメラを出し写真を撮ってリリースしたヤマメはダイモンジソウの岩の下へ姿を消して行った。渓吉はフライのぬめりを除いて乾燥してフックをロッドの上部へ掛けラインをリールに回して次のポイントへ視線を移し、静かに歩き始めた。「魚の活性が上がって来た!」声を出さずにつぶやいた。
ダイモンジソウ1

釣り初めて約十数か所のポイント経過したのちだった。花崗岩の砂礫で底色が白くなっている淵の開きに魚がゆったりと泳いでいる。渓吉が最初に見つけたのは魚の影だった、魚自体は保護色で見のがしていた。うかつに近づくと魚が水中を走ってしまいポイントをつぶして、すべて終わりになる事を敬吉は良く知っていた。ブナの木漏れ日が当たった水中のヤマメへのアプローチは繊細で緊張する瞬間だ。渓吉はリールから静かに必要だけのラインを引き出した。ラインを軽く後ろに振って一度でヤマメの30cm前に振り込んだ。「うまくいった!」静かに落ちたエルク・カディスの波紋がヤマメ付近まで達した。波紋でヤマメは視線をフライに向けて微動した。敬吉はしめたと思った。フライが流れに乗りわずかに揺れながらヤマメの前へと流れて行った。軽く尾鰭を振ったヤマメがフライに向かって浮いてくる。敬吉はこの僅かな時間がすごく長く感じていた。気が入り過ぎた敬吉の右手が動いてしまった。早合わせだ。むなしくフライは宙に舞った。冷静を失ってしまった渓吉は早合わせをしてしまったのだ。茫然とした。20秒ほど経過して溜息をついた渓吉は再び気をとり直しティペットにキズやトラブルが無いか確認し上流のポイントへと移動する。なかなか平静に戻れない渓吉だったが幾つめかのポイントで再度1匹を釣った事で心を落ち着かせることができた。朝は魚の活性が鈍かったのだが時間が経つにつれて魚の反応が良くなってきた。幾分飛び交う水棲昆虫も増えてきた。飛んでいる昆虫に合わせてフライを黄色いエルクヘアーに変えてみた。フライと魚の食い気が合致したのか浮いている魚のほとんどが素直に食って来た。数匹釣った所で出渓点に到達した渓太は踏み跡を見つけて、ロッドをしまいベストにくくり付けてメ竹の茂った林中を林道へと向かった。
takao-yamame - 1

 

 

 


コメントを残す

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)